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【天狗の棲む山】

子どものころから
休みの日っていうと


母がお手製の梅干で
海苔むすびを握ってくれて


おかず
(ほんのり甘い玉子焼き、
鶏の唐揚、胡瓜のお漬物、が定番)と
麦茶がたっぷり入った水筒を
持たせてくれたな~。


自慢の想い出デス☆


それでもって父と私
しばらくすると妹と弟も加わり
あるときは自転車で
あるときは黄色や橙色の電車に乗って
野山へ。


母や祖父も一緒の時は
毎年れんげ畑がきれいな巾着田で
れんげを摘んだり川遊び。


ケーブルカーでも登れる高尾山では
楽焼のお皿に絵を描いたり


ピロロ・・・と
涼やかな音を奏でる
水色のことりの形した水笛を買ってもらい
家に帰ってからも大切に吹いてたっけ・・・
(トイレにまで持ち込んで、タイルに落として
割れちゃって半べそかいた~)


小さな頃は
みんなを待ちきれず
駆けのぼるように天に向かって
山道を走っていた
時折笛を吹きながら


木々の緑
そこからのぞく空の青
煌く陽のひかり
どきどきするくらい
しっとり深い森の匂い


それらを抜け
汗をぬぐうとやがて
日向のにおいにあふれる
こんもりとした頂


みんなで食べるお弁当
懐かしい大切な記憶・・・。


東京で生まれ育った
私たち姉弟にも
野山や海、川を近くに感じさせてくれ
裸足でも遊べて
木立の中に秘密基地を作れるような
庭を残し育ててくれた
両親には
今も本当に感謝しています。


そして
小さな私たちを受け入れ
育んでくれた
たくさんの自然の中のいのち
営み。


木々や山、草花
吹き渡る風
清らかな水
移り変わる空の彩
おひさまの光
姿が見えたり見えなかったりする
たくさんの生き物たち・・・


その存在がなかったら
とっくに私のこころは
都会の中で壊れていたと
それははっきりいえる。


けれど
当たり前のようにあった
近所の原っぱや
こっそり遊んだ畑が


当たり前のように
いつのまにかビルやマンションに
管理された四角い公園にと
変わってゆくのを


子どもの私は
いつもだまって見ていた。


どんどん
普通に遊べる場所が無くなって
みんな
新しくキレイになってしまった。


たんぽぽ摘んだ空き地も
四葉のクローバーがとれる秘密の場所も
どんぐりや木の枝を探した公園へと続く小道も。


新しい
快適
便利って
ナニ?
それってほんとに
綺麗なもの?


手つかずの
素朴さ、荒々しさ
美しさ、温かさ
のんびりしたもの
ヘンテコなもの


そんなものたちが
どんどんどんどん
いつ間にか消えていく


それは
仕方のないことだったのかな??


今、神聖なはずの大切な山にまで
その手は及んでいる


その手を下しているのは
一体誰?
一体何の為?
私って誰?


もう子どもじゃない
私にできることって
一体何だろう・・・?


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