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『夕凪の街 桜の国』

何年か前、雑誌『ダ・ヴィンチ』だっただろうか、
このコミックのことを大きく取り上げていました。


読みたい・・・と思いつつ、
ずっと手に取る機会がないままでしたが、
先日書店で購入できました。
なんでもこの夏映画化されるとかで、平積みされていたのでした。


この方のデビュー作は持っていて、
なかなか個性的な発想と表現をお持ちの方だなぁ、という印象でした。
そして、その柔らかい独特の視点から描かれた本作。


そのタッチが、きっと等身大の現代に暮らす女性としてのもの、
だからなのでしょうか。
これまで手にとってきた戦争や原爆の悲惨さを
直接的に表現したものとはまったく異質の
読後にじくじくと湧いてくるたくさんの想いが
今もまだ、続いています。


この作品は、とても読みやすい。
でも、とても哀しく、とてつもないものを
はらんでいると感じました。


それは作者の強い想いでもあり、
あの日投下された原子爆弾という
忘れてはならない現実から
生まれてくるのでしょうか。


何度読み返しても、
読んだあとにまでも、
じわじわと胸にせまってくる
なんとも言いがたい感情。


自分は戦争を知らない世代で、
ほんとうの苦労は何も知らない年代なのかもしれない。


でも、戦禍によって幾重にも、何世代にも渡ってもたらされる
これだけの苦しみを
それを過去のものとし繰り返そうとする現実の動きを
この先も決して容認することはできない。


そう強く思わせてくれた、たいへんな作品でした。


こうの史代 作
双葉社(2003)



『六ヶ所村ラプソディー』

去年から、いろんなところで会った
いろんなヒトが、この映画について語っていました。


観ておかないといけない映画かな、と思いつつも、
またいずれに・・・と、
のんきに構えていたのですが、あっという間に日が経って、
近くの映画館での上映期間も終わりに近づいたころ、
またしても友人が、2回観てきたの・・・と、
熱く語りかけてきました。


そして、近所の同業の方がネット上に、「飲食」に携わる人も
観てほしい作品だ、と書かれているのを読みました。


むむむ。。。

一体、どういう内容なのだろう。


なんとなく予想はしつつも、あまり既成概念を持たないよう
ふらりと観にいってみよう、と思いました。


最終日の前日、なんとか時間を見つけて滑り込んだ映画館で
上映前に淡々と語る監督の方の姿と、映画の内容に、
鈍く静かな、深い衝撃を受けました。


内容を簡単に説明しますと、
青森県六ヶ所村に原発の使用燃料からプルトニウムを取り出す
再処理工場の建設が決まり、それによって地元の人々の人生や
環境は長年に渡って大きく揺れ動く。
そして完成した工場の稼動に向けていろいろな立場の人々が登場し、
それぞれの暮らしや思いが語られるドキュメント。


本当に、この施設は必要なのか・・・。
このままでは、真実をほとんど知らされないまま、
いつの間にかこの国では、この計画が遂行されてしまう。
本当に、いいのだろうか・・・?


ここでは賛成、反対、両方の人々の現実、海外での前例が、極めて
ニュートラルな立ち位置で、丁寧に取材されています。


ゆっくりと静かに語るどのひとたちにも親近感を覚え、
カメラがとらえる空や花が、きれいだな、と思えるほどに、
この問題が自分はもちろん、地球の上のどんなひとにも
あてはまる身近で重要な問題なのだと思わずにはいられない
フィルムでした。


電気を毎日たくさん消費するものとしての自分。
関係者もとても近くにいます。


これまでの自分の地球に暮らしていく上でのスタンスは、
まず、自分の身の回りからできるだけ、できることをしていこう、
というもの。
節電するとか、資源の無駄やゴミの削減、
多少高かったり不便でも環境にインパクトの少ないものを
選ぼう・・・などなど。


そして最近では、ただキュウキュウ厳しくするのではなく、
シンプルな昔ながらの手間ひまや智恵を愉しんでいこう♪
というものでした。


でも、ここへ来て、
小さく受身なだけでは、
これからはちょっと足りないのではないだろうか・・・
と考えさせられました。


学生時代に観て、今も印象に強く残っている
メリル・ストリープ主演の映画『シルクウッド』を思い出しました。


確かアメリカのプルトニウム工場勤務の平凡な女性が工場内で自社の
不正を見つけ、企業を告発していく実話を元にした作品でした。
静かに話は進んでいくのだけれど、とても怖い映画だった。
普通の民間人が、大きな見えない力と戦い、そして消えていってしまう
ストーリーに、アメリカってこわいな~、と他人事のように感じて
いました。
こわいけれど、自分にとっては少しばかり遠くの世界のお話でした。
(実際は、当時も六ヶ所村は、この問題で揺れていたのですが)


でも、同じような時期に学校で教授が、
「戦争を起こしたのは見えない大きな力、それは政府だったり
誰か知らない他人だったり、と大多数は思っているかもしれないが、
実はその大多数の意見を表明しない人間、
サイレントマジョリティと呼ばれる人々の力もかなり大きい」
といったような内容を授業で言っていて、
『シルクウッド』に続き、その時受けた大きなショックを
連鎖的に『六ヶ所村ラプソディ』を観て思い出しました。


あの日、自分はサイレントマジョリティにはなりたくない、
ならない・・・
そう強く思いましたが、果たして今、どうなのだろうか。


中立って、一見とても温和で寛容な優しいスタンスではあるけれど、
それってイエスって言ってることでもある、ときが、ある・・・。


映画の中でも、お米を作っている女性が同じようなことをおっしゃって
いました。
(普段の自分を振り返ると、結構中立を選んでだまっているような
ところがあります)


一方、ノーといってやみくもに反対だけを唱えるのでも
解決にはならないように思います。


自分ができることを日々実践しつつ、
知るべきことは知り、
真剣に、解決策、代替案を出していくことに、
大きくイエスと言っていきたいと思いました。


と、まとめるのは簡単ですが、
それはいつ、どんなアクションで・・・?
むむむ~


やっぱりまずは日常から、ですね。


なんだかレビュー、というより、自分にとっての覚書になって
しまいました。


たくさんのひとに観てもらいたい映画だと思います。
電気を使うすべてのひとに!
いえ、この星に暮らすすべてのひとに。。。


上映会をしよう、という話も周りで出てきています。


六ヶ所村の施設の稼動開始は、年内に予定されています。


『六ヶ所村ラプソディ』
http://www.rokkasho-rhapsody.com/index2
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